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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1083号 判決 1977年3月31日

控訴人

茨城殖産株式会社

右代表者

成澤敬尓

右訴訟代理人

瓦葺隆彦

被控訴人

井上甚

外四名

右五名訴訟代理人

糸賀悌治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決別紙第一、第二目録記載の本件土地が、もと十王町大字友部字鳥井戸二四三番一田一六二二平方メートルであつたこと、昭和四六年三月九日本件土地の所有者村山耕作が控訴人に対し本件土地を宅地に転用する目的で売買する旨の契約を締結したこと、当時本件土地が現況も田であつたこと、右契約の翌日付で控訴人のために右売買に因る条件付所有権移転の仮登記がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

したがつて右売買契約は、農地転用に関する農地法所定の手続を経由しなければその効力を発生しないものであるところ、<証拠>によれば、右売買契約においては、農業委員会から本件土地が宅地である旨の現況証明書の交付を受け、これを利用して地目を田から宅地に変更したうえ、所有権移転登記手続をすることが約されていたこと、しかし実際には農業委員会から現況田である農地につきそのような脱法的手段による証明書を下付することはできないと拒絶され、右約定による方法をとることができなくなつたことが認められる。しかし、<証拠>によれば、右契約において右のような方法をとることが約された理由は、当時売主たる村山が十王町にダンボール工場を造るために資金が必要であり、その資金調達のために本件土地を売ることにしたのであるが、農地法所定の県知事の許可手続を践むと通常三か月位はかかるので、出来る限り早く売買代金全額の支払を得んがために、前記現況証明書による方法が手取早いと考えて、便法を企図したものであって、その場合このような脱法手段をとることは法律によつて許容されるものでなく、したがつて売買契約中のそのような手段をとるべき旨の約定部分は、当然無効であるけれども、その約定部分は、売買契約の要素をなすものでなく附随的なものにすぎず、そのように附随的な約定部分が無効であるからといつて、当然に契約全体の無効を来たすものではなく、また右契約両当事者の目的その他法律行為全体の趣旨からみても、本件土地を宅地に転用する具体的な方法として、前記約定の脱法手段に固執限定する趣旨のものであつたとは認められないから、法律行為の解釈として、右売買契約は、約定の脱法手段をとることができない場合にも、なお二次的に正規の手段によつて契約の目的を達成することを期待していたものとして解し得る余地があり、したがつて同契約は、とくに約定の中で明示していなくても二次的には当時の農地法第五条所定の知事の許可を法定の効力発生要件とする契約として成立したものであると解することができる。

二他方昭和四六年三月九日控訴人が村山耕作から本件土地を買受けた当時すでに本件土地は近々のうちに都市計画法による市街化区域内に組入れられるべきものと予定された土地であつたことは当事者間に争いがなく、また村山耕作において、同年六月二五日従前一筆の土地であつた本件土地を二四三番一田八一一平方メートル(イ)と二四三番四田八一一平方メートル(ロ)の二筆に分筆し、右イについては被控訴人吉田のために水戸地方法務局高萩出張所昭和四六年七月三〇日受付第三〇三八号同年同月二四日売買(条件、農地法第五条の許可)に因る条件付所有権移転仮登記をし、右ロについては被控訴人井上のために同出張所同年七月三〇日受付第三〇三九号同年同月二四日売買(条件、農地法第五条の許可)に因る条件付所有権移転仮登記をなし、更に被控訴人吉田において右イの土地につき同出張所同年九月七日受付第三五七〇号同年七月二九日売買に因る所有権移転登記を、また被控訴人井上において右ロの土地につき同出張所同年九月七日受付第三五六九号同年七月二九日売買に因る所有権移転登記を各取得したものであることについては、被控訴人らの明かに争わないところである。そして、<証拠>によれば、村山耕作と右被控訴人両名間には右各所有権移転登記にそう実体関係であるところの各売買契約が成立したこと、それより前右被控訴人らと村山連署のうえでそれぞれ農地法第五条第一項第三号の規定による農地転用のための権利移動の届出がなされ、昭和四六年七月二六日付で茨城県知事によつて右各届出が受理されていることが認められる。

三次に、本件土地のうちロの土地が昭和四六年一一月五日、またイの土地が昭和四七年一月一二日にそれぞれ地目を宅地に変更しており、以上の土地がいずれもその頃すでに現況において宅地化していたことは、当事者間に争いがない。そこで、本件土地が実際に宅地化された経過について検討すると、<証拠>によれば、控訴人は、農地転用に関する手続関係を村山耕作からまかされていたにもかかわらず、農地法所定の許可ないし届出などの手続をとらなかつたことはもとより、当時本件土地が一筆の土地として面積が広いため法規上必要であつた宅地造成に関する工事の許可申請をすることもなく、いきなり本件土地の埋立工事に着手し、それまで田圃であつた本件土地を或程度埋めたけれども、その工事は近隣の人達から出た苦情と農業委員会からの叱責により中止を余儀なくされ、他方所有者村山耕作は前記のとおり本件土地をイ・ロの二筆に分割してそれぞれの面積を細分化してして宅地造成に関する工事の許可を形成上不要ならしめた上、前示農地法所定の届出をなすと共にイの土地を被控訴人吉田に、ロの土地を被控訴人井上に各売渡す契約を締結し、右被控訴人らは、右届出が受理されるや先ず本件土地はその周囲が一部は水路、他は全部他の田圃にかこまれていて公道に接していないので、道路に供するための土地二筆を別に村山から買取り、一部公共用水路の占用許可を得た部分を加えて公道に至る私道を造り、次いでその私道を通つて本件土地自体の宅地造成工事をはじめ、前示の控訴人がやりかけた埋立の上に更に五〇ないし六〇センチメートル程の土を盛つて埋立を完成し、これを整地し、地域内の私道をつくり、U字型の側溝を設け、水路を改修し、もつて宅地としての使用にたえる形状に造成したものであることが認められる。

右事実によれば、控訴人のした工事は、農地の宅地化としては不十分未完成であつて、その程度は未だ本件土地をして客観的に農地から宅地に変えたものとみることはできないといわなければならない。しかしそうではあつても、農地法の対象とする農地は現況主義に基礎を置いていること、<証拠>によれば本件土地は昭和四六年三月一五日に市街化地域に指定されたことが認められることに徴すれば、村山耕作と控訴人との間の本件土地売買契約(第一の売買契約)は、前示のように農地法所定の許可ないし届出をしていなくても、右のように被控訴人らの手によつて現況が宅地となつた時点で結局その効力を生じたものではないかという問題が生ずる。しかしながら、前記認定のように、農地が二重売買され、第一の買受人が農地法所定の手続をあえて履践しないでいる間に、第二の買受人が農地法所定の手続を経由してその売買契約の効力の発生をみた上、自ら土地所有者として宅地造成工事をなし、その結果従前の農地が宅地化した本件のような場合には、第一の買受人たる控訴人は、第二の買受人たる控訴人井上、同吉田のなした工事の結果を援用して第一の売買契約の効力が生じたとすることはできないと解するのが相当である。けだし、およそ適法な手続を経ない者が適法な手続を経た者の適法行為の結果を援用して、もつて後者の築いた法律上の地位を覆滅することは公平の観念上許されるべきでないからである。

すると、右第一の売買契約が効力を生じたことを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の判断を俟つまでもなく理由がなく失当である。

四よつて控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用は敗訴当事者の負担とし、主文のとおり判決する。

(菅野啓蔵 館忠彦 安井章)

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